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「水を操る男」マルテザーナ運河より。

世界三大運河と言えば?
バルト海と北海を結ぶ「キール運河」、
地中海と紅海を結ぶ「スエズ運河」、
太平洋と大西洋を結ぶ「パナマ運河」ですが、

では、ミラノの三大運河は、
「グランデ運河」「パヴェーゼ運河」に加え、
「マルテザーナ運河」が歴史的に重要とされています。

前者、二大運河は現在も当時の面影を残し、
またレストラン、ギャラリー、月末の骨董市などでも、
ミラノ市民のみならず観光で訪れる方もいます。

このマルテザーナ運河、
現在も市内を流れているにも関わらず、
大部分がコンクリートで覆われてしまっているのが現状です。

市内は、どこを流れているのか?
実は、マックスハーベスト社のオフィスの前を流れていました。


覆われる前の画像を見ると、教会の脇を運河が流れています。
その対岸が現在のマックスハーベスト社。

さて、マルテザーナ運河に関することが記述されている最古の文書は、
1443年にまで遡るとも言われています。
そしてこの運河の建築が始まったのは1457年、
レオナルド・ダ・ヴィンチが当時5歳の時でした。

その頃の彼は生まれ故郷の大自然の中で育ち、水と戯れ、
当然、水の動きに関しても興味を持っていたことでしょう。

マルテザーナ運河を建築するための都市計画は、
ミラノで大流行した「ペスト」が原因だったそうです。
30万人の人口のうち、5万人もの死者を出した「ペスト」。
運河をいかに清潔に保ち、下水道の整備、雨水の流れなど、
抜本的な構造改革が必要となっていました。

ミラノで1492年(ちなみにアメリカ大陸発見の年)に、
レオナルド・ダ・ヴィンチは水に関する論文を書き、
その成果が認められて、翌年、運河の設計監督になりました。


彼の感じた水の美しさ、または、水の恐ろしさ。
目に見えない水の流れ…。

常に水を意識した彼の芸術の原点はここから始まるのではないでしょうか?


ミラノ・川倉靖

# by maxguid | 2012-01-27 04:23 

「放蕩息子」と呼ばれて。~ミラノの新しい美術館~

昨年の暮れに開館したムゼオ・デル・ノヴェチェント。
1900年代の絵画を集めたミュージアムである。

ウンベルト・ボッチョーニを代表とする「未来派絵画」は、
当時、活動写真(映画)の出現に押される形なった。
絵画に中にも、ある種のムーヴメントを感じずにはいられない。
新しい絵画のスタイルを確立したとも言える。

例えば、ジャコモ・バッラの絵画「バルコニーの女の子」を見ても、
今まさに、小さな女の子が走っているのが分かる。
「走る」ではなく「走っている」現在進行形なのだ。

関係ないが、このような止まっているのに動いている目の錯覚の様である。

しかし私がどうしても気になってしまったのが、
ジョルジョ・デ・キリコの「放蕩息子」であった。

この「形而上絵画」。
実は、今でも良く理解していないことを、自白してしまおう。
様々な資料を読んだところで混乱に拍車をかけるだけなのだ。

したがって私は逆説的に考えることにした。
「形而上」とは「形而下」ではないものである、と。

「形而下」は物理的なもの、物質、目に見えるもの言うのであれば、
「形而上」はそれ以外のもである、と。

イエスはよく、たとえ話を使って教えを説いた。

二人の息子がいた。
弟の方は親が健在なうちに、財産の分け前を請求した。
父は下の息子の要求通りに与え、弟は遠い国に旅立つ。
そして放蕩に生きて散財したのだった。

財産も使い果たし、大飢饉が起きて、
その息子は豚の世話の仕事をして生計を立てる。
豚のえささえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんだ…。

我に帰った時に、帰るべきところは父のところだと思い立ち、帰途に着く。
父は帰ってきた息子を走りよってだきよせる。
息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。

たとえ罪を犯した者であったも、改心した者には惜しみなく 愛を与え、
そして寛大な心を持つことをは大切なことだ、というものであった。

子を思う親の心は決して物質的な、目に見えるものでは無い。
弟が帰ってきたとき、父はどんな顔をして迎え入れるのか、
絵画で後ろを向いている父親から想像をするしかない。

私はこの絵画を眺めながら、自分の両親を思い出していた。

日本から離れたイタリアで好き勝手に生き、
たいして電話やメールなどの連絡もいれないこの私に対しても、
たまに帰国した時は、心から暖かく迎え入れてくれる両親。

そして日本に帰国した私は、上げ膳据え膳の毎日で、
箸より重い物など持たない国賓級なの扱いを受ける。

絵画を通して感じる事は、
子供を案じる親の気持ちは時代が変わっても、
国や人種が異なっても変わらない。普遍的なものかもしれない。

しかし、この至福の時も、
二週間過ぎたあたりから突然急変するが現実。

「一体いつ結婚するのか」
「結婚相手はいないのか」という質問…。
「早く孫の顔が見たい」という要求…。

王様の様に振舞っていた私は気が付いた。
王様の中に、首をはねられた王様もいる、と。

風向きが変わって、火の粉がこちらに飛んで来る前に、
荷物をまとめてイタリアに出発する。
これは何度目かの帰国に時に学習した。

実家に長居は無用である。

「私は放蕩息子としてこの町に帰ってきた。
今、また放蕩息子としてこの町を離れる…。」by川倉靖

# by maxguid | 2011-08-12 05:51 | 川倉靖さんの記事 

チェントロでランチ

『FRESCO トラットリア・ピッツェリア 2020年創業』。。。。。2020年創業!?


ドゥオモのすぐ近く。ガッレリアの主軸に並行する東側の通り(Via Ugo Foscolo 4 )。



ナポリに本店がある本格ナポリピッツァのお店。
いつもミラノっ子でいっぱい。かなり人気のお店です。
中に入るとこんな感じ。


最近私が気に入ってるのは、中二階でのランチバイキング。
月曜日~金曜日のみ。9.5ユーロ(ハーフボトルのミネラルウォーター込み)。
チェントロでこの値段は、安い!


中二階から下を見てみると、こんな人が。。

今はACミランでプレイしているザンブロッタ。
後日お店の人に聞いてみたら、頻繁にお食事に来てるとのこと。

ちなみに、下の階(0階)はアラカルトメニュー。
美味しいナポリピッツァをはじめ、いろんなお料理が楽しめます。

真剣にピッツァを焼くピッツァ職人。



追記
最近、私、サッカー選手とよく遭遇します。

そう、インテルの選手、オランダ人のスナイデルです。
オランダのテレビの撮影中でした。
撮影の合間に、"I'm a friend of Nagatomo." なんて言って、一緒に写真を撮ってもらった私って、かなりずうずうしい!? 
でも、私が写真をお願いする前には、イタリア人の女の子が "I love you !!! I loooove youuuu !!!!! " と言って抱きついてました。

# by maxguid | 2011-04-16 18:34 | 田中利江子さんの記事 

イタリア統一150周年記念


今年はイタリア統一150周年記念の年です。
3月17日は国民の祝日となり、各地で記念行事が行われまし
た。
ミラノのガッレリアも、イタリアントリコロールの国旗で飾られました。


ミラノの市庁舎も。


ショーウインドーも、赤、白、緑!

(そういえば、何年か前の夏、これとは別の、トリコロールをあしらったサングラスをかけた石田純一さんをガッレリアの真ん中で目撃しました。白い靴に素足が眩しかったです!)



車まで!



今年はこのトリコロールをあしらった商品が発売されています。
イタリアの青い空との三色、ぜひ今年のうちに見にいらしてください。


# by maxguid | 2011-03-27 03:17 | ささきのりこさんの記事 

なんと、冷凍寿司!!

イタリアでの日本食の人気は、相変わらず高く、安定しているようです。
書店には日本食の料理本が置かれ、テレビ、雑誌ではなんちゃって日本食のレシピも紹介されています。
2、3年前からは、いくつかのスーパーではパックに入ったお寿司も売られるようになりました。

そして、ついに出た、冷凍寿司!その名も、フローズンスシセット!


冷凍食品専門のスーパーのエビの隣に、この箱が誇らしげに並んでいました。

むむむ、表示を見てみると、英語で、

エビ握り 3つ
サーモン握り 2つ
スリミ細巻き(何のすり身?)3つ
キュウリ細巻き 2つ

箸、わさび、醤油、ショウガ付

電子レンジで1分30秒

箱の裏面には、英語、イタリア語、ドイツ語で内容物、調理の仕方が記入してあります。

製造国はタイ

おそるおそる箱を開けてみると






内部の箱の裏には、ショウガ、醤油、わさびがそれぞれ小袋に入って凍っていました。

”調理”法は パックをはずして、電子レンジで1分30秒(1100W)そのあと、10−20分室温で放置
あるいは、パックのまま60−70度のお湯に10−20分つける あるいは、20−25度の室温の部屋に4時間ほど放置。

電子レンジでの調理法で試してみました。



まずはパックを開いて、レンジに。



電子レンジから出してみると、ぬるーい感じの甘酸っぱい匂い。チョッピリお寿司屋さんの匂い:)

そして、15分ほど、”放置”したあと、ようやく試食。
サーモンの端の方は加熱しすぎた為か、やや変色、味は?なんだこれは。ちょっと気持ち悪い感じ。
ご飯は、イタリアのスーパーの寿司のレベル。
エビは、おお、美味!ぷりぷりして美味しい!!
キュウリ巻きは、ゆでたキュウリ巻き!
そして、なぞのすり身は、蟹かまぼこでした。

お値段は4ユーロ50セントでした。

最初で最後の体験になりそうです;)



ささきのりこ







# by maxguid | 2011-01-11 18:44 | ささきのりこさんの記事 

まだまだクリスマス気分

12月26日から、お正月の飾り付けになる日本と違って、
イタリアでは、1月6日の公現祭までがクリスマス期間です。
飾り付けも、ライトアップも、そして、何と車までも!!




木製のトナカイの角型が、荷台にしっかりと取り付けられてい
ました。イタリア人の遊び心ってすごい!

でもトナカイの体って赤だった?なんて疑問は置いて置きましょう。





# by maxguid | 2010-12-28 23:20 | ささきのりこさんの記事 

湖水地方のロマネスク巡り①

北イタリアの湖水地方はロマネスク教会の宝庫である。

「グラヴェドーナで観光通訳」を依頼されたとき、正直「どこ?」と思った。
レッコからスタートして、ベッラーノ、グラヴェドーナ、ピオーナと周る、
私にとっては未開の地、謎のルートを巡ることとなりました。



季節は6月の中旬だったのですが、
暑くもなく寒くもなく、さわやかな気候の湖水地方で、
遊覧船に乗ってグラヴェドーナまでの移動は、
湖畔に立ち並ぶ小さな教会を見ながら、
また、船内のレストランで食事を取りながら、バールでお茶をしながら、
たくさんの方がそれぞれの楽しみ方を堪能していました。

私のお客様を見ると、爆睡しています。
すっかり、舟を漕いでいます。

船の上で、舟を漕ぐ。
言葉の上では間違いではないのですが、
「せっかくの景色を…」と思ってしまいました。

しかし、これは例えるなら、
マッサージをしてもらいながら、つい爆睡してしまう状況と同じかもしれません。
うとうとする私に対して、マッサージしてくれる人はこう思っているでしょう。
「せっかくツボを押してるのに…」と。

おそらく船上から眺める湖畔の景色は、
お客様にとってまさに「ツボ」だったのでしょう。



まず、都会とは空気が異なります。
大自然のなかにひっそり建つロマネスク教会は、自然と宗教の調和。
水と緑…。

ここには多くの「癒し」がありました。

少ない日程にたくさん詰め込むのも「旅」のかたち。
ゆったりとした景色の中で安らぎを求めるのも「旅」のかたち。

さまざまな旅のスタイルを乗せて、
船はグラヴェドーナに到着しました。


ミラノ 川倉 靖

# by maxguid | 2010-11-13 03:47 

2010年世界フィギュアスケート選手権


国際スケート連盟の主催による
世界フィギュアスケート選手権の2009-2010年シーズンで、
シニアクラスの男女シングル、ペア、アイスダンス種目など、
2010年3月22日から3月28日までイタリア・トリノのパラベラで開催されました。
1896年に第1回大会が開催されて以来、100回目の大会です。

会場のトリノパラベラは、トリノ・オリンピックでのフィギュアスケート競技会場。
2006年の五輪では、フィギュアスケートとショートトラックスピードスケートが行なわれ、
荒川静香さんが、日本人初のフィギュアスケート金メダルを獲得した舞台です。

会場の外観はヨットの帆「VELA」をイメージさせるフォームで作られ、
トリノ中心街から来るまで20分ほど南へ移動したところに位置しています。


1961年に完成したPALAVELAは、
1969年のイギリス映画「ミニミニ大作戦」(ITALIAN JOB)でも使用され、
警察の車とカーチェイスをした際に、
車でこの建物の屋根に上っていくというシーンでも有名です。
http://www.youtube.com/watch?v=j0nXDOr1r6A

その後、2003年からオリンピックに向けて改築され、
スケート会場としてはおよそ8000人、
バスケット・ボールの試合では9000人の収容が可能になりました。


観客の入場口は西口または南口となり、
チケットをチラ見するくらいのゆるいチェック体制で、
試合を見に行くというよりも、コンサートでも行くような雰囲気です。

それもそのはず、男子SP、FSの会場内は大半が女性でした。
サッカーの試合とは違うわけです…。

ちょっとシート間の狭いベンチシートに座ると、
会場内の異常な暖房の強さに驚かされ、
氷の表面が柔らかくなるのではないかと、
素人考えで心配してしまいました。

私はイタリア滞在が15年になりますが、
初めて生で日本の国歌を聞くことになりました。
何だかとても不思議な感じです…。

表彰式の後、会場を後にするとき、
イタリア人の観客から「おめでとう!」「すごく良かったよ!」
という温かい言葉をまわりからかけられ、
別に…私が試合に出たわけではなく、
「ボーっと」見ていただけなんですけど…、と最初は思っていましたが、
だんだんとまるで自分のことのように嬉しくなってしまいました。

「喜びをみんなで分かち合う」というイタリアの考え、
温かいイタリアの観客に心から感謝したいと思います。


川倉 靖

# by maxguid | 2010-04-07 17:47 | 川倉靖さんの記事 

コブシとレオナルド



サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の回廊のコブシ、満開です。
毎年このコブシを見ると、春だな~、って思います。
イタリア語では、magnolia stellata (マニョーリア・ステッラータ)、星のマグノリア。
つぼみが開く直前の形が赤ちゃんの握り拳に似ているから、日本語ではコブシというみたいです。
来年は、赤ちゃんの握り拳状態の時に写真を撮ってみよう。。。





このお兄さんは、物思いに耽りながら(?)、スケッチしています。



レオナルドも、このコブシを眺めながら(彼の時代にこのコブシの木がここにあったかは甚だ疑問ではありますが)、いろいろと考え事をしたのかしら・・・。
いろいろと、思い巡らしたのかしら・・・。

そんなレオナルドの頭の中を垣間見ることができる、展覧会開催中です。

レオナルドが膨大な手稿を残したのは有名な話。
現在は約8000ページが世界各地で保存されているといいます。
そのうちの1119ページがミラノのアンブロジアーナ図書館所蔵の『アトランティコ手稿』。その全てが去年から2015年までの間、アンブロジアーナ図書館とサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会のブラマンテ設計の聖具室にて公開されています。
3ヶ月ごとにテーマを変えての展示となっており、6月6日までは、建築家・祝祭演出家・デザイナーとしてのレオナルドにスポットを当ててあります。

でも、彼の頭の中を垣間見せてもらっても、私には、彼を理解することは到底無理です。
彼の直筆の手稿を間近で見るわけですから、彼に近づけるような気がするのですが、実際は全く逆です。益々彼は遠くなってしまいました。っというか、より崇高なものになってしまいました。理解しよう、なんてそんな大それたことは、思わなくなりました。


ここサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の聖具室は、8:30~19:00、月曜お休み。
入場料は10ユーロ、イヤホンガイドは1ユーロ(日本語あり)。


とっても人懐っこい係りのおじさん。



ちなみに、アンブロジアーナ図書館は、9:00~19:00、月曜お休み、入場料は15ユーロ。
両方見ることができる共通チケットは、20ユーロです。


ミラノ
田中利江子

# by maxguid | 2010-03-30 05:41 | 田中利江子さんの記事 

ミラノのローマ

ビジネスの街、ファッションの街、デザインの街、ミラノ。


ドゥオモ広場の近くにあるインフォメーションセンター内。おしゃれな休憩室になっています。
ガラスの床の下は、ローマ時代の遺跡です。まさに、現代と古代の融合です。
「デザインの『ミラノ』」と「『ローマ』帝国時代」の融合です。

他のイタリアの街に比べると、新しい街並みのミラノですが、歴史は非常に古く、紀元前6世紀頃にケルト人が築いた街が元になっていると言われています。
紀元前222年にはローマ人によって征服され、3世紀の終わり頃から5世紀の初めまでは、西ローマ帝国の首都でした。

近代的な街並みの中に、こっそりとローマ時代の遺跡があったりするのです。
ドゥオモ周辺にある無料で見ることができる遺跡をご紹介します。



メトロ1号線 ドゥオモ駅内。ローマ時代の主要な道路です。




これもドゥオモ駅の中。4世紀のサンタ・テクラ聖堂の床モザイク。




ドゥオモ広場。この写真の右側にドゥオモのファサード、左上にアーケードの入り口があります。
地面(コンクリートなのに地面というのかしら?)に薄く曲線が描かれているのがお分かりでしょうか…? これは、真下にある4世紀のサン・ジョヴァンニ・アッレ・フォンティ洗礼堂を示しています。




4世紀のサント・ステファノ・アッレ・フォンティ洗礼堂。
ドゥオモの屋根に昇るエレベーター用の入り口近く、階段を降りたところ。




メトロ3号線、ミッソーリ駅内。ローマ時代の下水道管の遺構です。うっすらと私が映っているのが気持ち悪い。。。




ショッピングストリートである、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りにあるローマ時代の彫刻で、ミラノっ子は『石男』と呼んでいます。この場所に設置されたのは20世紀の半ば。
ラテン語で「他人を批評するには、まず自分が完璧な人間でなければならない」というようなことが書いてあるそうです。
オーストリア・ハプスブルクの時代には、人々が政府に対する風刺、皮肉、を書いた紙をこの彫刻の下に貼ったといいます。




ヴィっトリオ・エマヌエーレ2世大通りを少し入ったところにある、ローマ時代のテルメ(公衆浴場)の遺構。14500㎡という大きな施設だったようです。




他にもたくさんのローマ時代の遺跡が残るミラノ。
ミラノにお越しの際には、皆さんも是非とも探してみて下さいね。


ミラノ
田中利江子

# by maxguid | 2010-03-24 04:33 | 田中利江子さんの記事 

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