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by maxguid
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「放蕩息子」と呼ばれて。~ミラノの新しい美術館~

昨年の暮れに開館したムゼオ・デル・ノヴェチェント。
1900年代の絵画を集めたミュージアムである。
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ウンベルト・ボッチョーニを代表とする「未来派絵画」は、
当時、活動写真(映画)の出現に押される形なった。
絵画に中にも、ある種のムーヴメントを感じずにはいられない。
新しい絵画のスタイルを確立したとも言える。

例えば、ジャコモ・バッラの絵画「バルコニーの女の子」を見ても、
今まさに、小さな女の子が走っているのが分かる。
「走る」ではなく「走っている」現在進行形なのだ。
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関係ないが、このような止まっているのに動いている目の錯覚の様である。
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しかし私がどうしても気になってしまったのが、
ジョルジョ・デ・キリコの「放蕩息子」であった。
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この「形而上絵画」。
実は、今でも良く理解していないことを、自白してしまおう。
様々な資料を読んだところで混乱に拍車をかけるだけなのだ。

したがって私は逆説的に考えることにした。
「形而上」とは「形而下」ではないものである、と。

「形而下」は物理的なもの、物質、目に見えるもの言うのであれば、
「形而上」はそれ以外のもである、と。

イエスはよく、たとえ話を使って教えを説いた。

二人の息子がいた。
弟の方は親が健在なうちに、財産の分け前を請求した。
父は下の息子の要求通りに与え、弟は遠い国に旅立つ。
そして放蕩に生きて散財したのだった。

財産も使い果たし、大飢饉が起きて、
その息子は豚の世話の仕事をして生計を立てる。
豚のえささえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんだ…。

我に帰った時に、帰るべきところは父のところだと思い立ち、帰途に着く。
父は帰ってきた息子を走りよってだきよせる。
息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。

たとえ罪を犯した者であったも、改心した者には惜しみなく 愛を与え、
そして寛大な心を持つことをは大切なことだ、というものであった。

子を思う親の心は決して物質的な、目に見えるものでは無い。
弟が帰ってきたとき、父はどんな顔をして迎え入れるのか、
絵画で後ろを向いている父親から想像をするしかない。

私はこの絵画を眺めながら、自分の両親を思い出していた。

日本から離れたイタリアで好き勝手に生き、
たいして電話やメールなどの連絡もいれないこの私に対しても、
たまに帰国した時は、心から暖かく迎え入れてくれる両親。

そして日本に帰国した私は、上げ膳据え膳の毎日で、
箸より重い物など持たない国賓級なの扱いを受ける。

絵画を通して感じる事は、
子供を案じる親の気持ちは時代が変わっても、
国や人種が異なっても変わらない。普遍的なものかもしれない。

しかし、この至福の時も、
二週間過ぎたあたりから突然急変するが現実。

「一体いつ結婚するのか」
「結婚相手はいないのか」という質問…。
「早く孫の顔が見たい」という要求…。

王様の様に振舞っていた私は気が付いた。
王様の中に、首をはねられた王様もいる、と。

風向きが変わって、火の粉がこちらに飛んで来る前に、
荷物をまとめてイタリアに出発する。
これは何度目かの帰国に時に学習した。

実家に長居は無用である。

「私は放蕩息子としてこの町に帰ってきた。
今、また放蕩息子としてこの町を離れる…。」by川倉靖

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by maxguid | 2011-08-12 05:51 | 川倉靖さんの記事